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京都の祇園さんでは3年ぶりに節分祭が復活しました

京都の地元民の間では「祇園さん」と呼ばれ親しまれている八坂神社は、全国約2,300社鎮座する八坂神社、祇園信仰神社の総本社であり、主祭神の素戔嗚尊(すさのをのみこと)は、あらゆる災いを祓う神様として信仰されています。

この京都の八坂神社で、3年ぶりとなる節分祭が2月日2~4日に渡り行われました。この節分祭の見どころは、京都の花街とのゆかりが深いことから、舞妓さんや芸妓さんによる奉納舞踊と豆まきです。

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2月2日と3日の2日間は、舞殿で華やかな「奉納舞踊(ほうのうぶよう)」「舞楽奉納(ぶがくほうのう)」「今様奉納(いまようほうのう)」と豆まきが行われ、2月3日は参道商店街で豆まきが行われました。

以下は、2月3日(金)午前11時から舞殿で行われた今様奉納と豆まきの様子です。

日本今様謌舞楽会による今様奉納
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豆まき
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舞殿で撒かれる「福豆」は、人が多くてなかなか手に入れることができません。でも、すぐ近くの授与所に行けば、空くじなしの福引券が付いた福豆を受けることができます。

空くじなしの福引が付いた福豆

授与所では初穂料300円で、福引券付きの福豆を受けることができます。この福引の景品は1万点もの品物(日用品、お菓子、飲み物など)が用意されていて、運が良ければテレビや掃除機などの高価家電製品が当たるかも知れません。

舞殿で行われる豆まきの福豆には抽選券が付いていませんが、初穂料300円の福豆には必ず福引券が付いてくるので、参拝者の中には福が得られるまで何度でも挑戦する人もいるようです。

福豆を受けて福引にチャレンジ

「今年の運勢は?」と思いつつ、おみくじ感覚で福引にチャレンジしてみました。福引所に行くと山積みになった景品と高価な電化製品が並んでいて「何が当たるか?」と子供の頃のようにワクワクします。

節分祭(2月2日と3日限定)で授与される京名物の夷川五色豆で有名な「豆政」の福豆。
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今回の福引で当たったのが家傳京飴で有名な「祇園小石」の飴でした。

高価な電化製品を引き当てることはできませんでしたが、「豆政」の「福豆」と「祇園小石」の「舞妓はんのお気に入り」という飴を合わせると300円以上の値打ちはあります。

一緒に福豆を受けた留学生も300円以上の値打ちのある景品を頂いていることを思うと、空くじなしの福引が付いた福豆には初穂料以上の値打ちを持たしているようです。

福豆は縁起物、参拝者に徳をしたという気持ちにさせる神社の粋な計らいの福豆は縁起が良いですね。

2023年節分行事日程

奉納と豆まきは、例年(3年前)通り以下の日程で執り行われました。来年も概ね同じ日程で行事が行われると思いますが、来られる折には八坂神社のHPを確認してください。

【2月2日の行事】

午後1時から 先斗町歌舞会(ぽんとちょうかぶかい) 奉納舞踊 豆まき
午後2時から 弥栄雅楽会(やさかががくかい) 舞楽奉納 豆まき
午後3時から 宮川町歌舞会(みやがわちょうかぶかい) 奉納舞踊 豆まき

【2月3日の行事】

午前11時から 日本今様謌舞楽会(にほんいまよううたぶがくかい) 今様奉納 豆まき
午後1時から 祇園甲部舞楽会(ぎおんこうぶぶがくかい) 奉納舞踊 豆まき
午後4時から 祇園東歌舞会(ぎおんひがしかぶかい) 奉納舞踊 豆まき

舞踊奉納と五花街

京都には祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の5つの花街があり、これを総称して五花街(ごかがい)と呼び、それぞれに流派の違う舞踊の伝統と文化を歌舞会が守り続けています。

八坂神社の節分祭では、五花街のうち上七軒を除く、4つの歌舞会による奉納舞踊を観ることが出来るのが特徴的なところです。

京都最古の花街である上七軒は、歴史上所縁の深い北野天満宮の節分祭で舞踊を奉納されています。

花街 舞踊の流派 主な公演 公式サイト
祇園甲部 京舞井上流(きょうまいいのうえりゅう) 都をどり(4月) 祇園甲部舞楽会
宮川町 若柳流(わかやぎりゅう) 京おどり(4月) 宮川町歌舞会
先斗町 尾上流(おのえりゅう) 鴨川をどり(5月) 先斗町歌舞会
上七軒 花柳流(はなやなぎりゅう) 北野をどり(3~4月) 上七軒歌舞会
祇園東 藤間流(ふじまりゅう) 祇園をどり(11月) 祇園東歌舞会

舞楽奉納(ぶがくほうのう)

日本古来の歌舞(かぶ)と仏教とともに日本に伝わった歌舞が融合したものを雅楽(がかく)といい、舞楽は雅楽の最も中心的で重要な部分として継承されている演奏様式の一種です。

あまり一般的には知られていませんが、器楽による音楽ともに奏する舞であり、奈良時代以降、宮廷や社寺の行事や法会に採用され現在に至っています。

八坂神社の節分祭で奉納される舞楽は、天延3年(975年)に第64代円融天皇の病気平癒を祈願する為に行われたのが起源といわれ、崇徳天皇の時代の頃からは毎年行われるようになりました。

そして、応仁の乱(1467年~1477年)の頃から一時途絶えたこともあったのですが、明治11年(1878年)以降、弥栄雅楽会(やさかががくかい)が中心になって行うことになったようです。

弥栄雅楽会(やさかががくかい)による舞楽奉納は、なかなか観ることがない貴重なもので、一見の価値があります。

今様奉納(いまようほうのう)

今様は「いまよう」と読み、現代風(流行)という意味で、歴史的には平安時代から鎌倉時代にかけて、宮廷で流行した歌謡のことで「今様歌」、略して「今様」と呼ばれていました。

そして貴族だけでなく、庶民の間にも大いに流行し、祇園祭などの御霊会や大寺院の法会などで演じられていました。

今様を愛好していた後白河法皇 編纂の梁塵秘抄に掲載されている『遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん』で始まる歌曲は有名です。

今様の形式には様々な種類があり、全体を指し示す広義の今様と「只の今様」「常の今様」とも呼ばれる狭義の今様があり、仏教歌謡の影響を受けた法文歌(ほうもんうた)や,神事歌謡・民間歌謡などの影響を受けた四句神歌(しくかみうた)・二句神歌(にくかみうた),また和歌とかかわりの深い長歌(ながうた),さらに定まった形が整えられていない古柳(こやなぎ)など多くの種類があります。

このような今様を研究して、国内外活動されている日本今様謌舞楽会(にほんいまよううたぶがくかい)の今様奉納も見る機会が少ない貴重なものです。