従業員が10人程度の零細企業では必要がないのかもしれませんが、ある程度の規模になると「業務分掌規程」と同様に「人事評価制度」が大変重要なものになります。
人事評価制度は従業員を公平に評価するもので、評価基準は従業員に公表しなければ意味がありません。評価基準を公表すれば、どの様に業務に取り組めば高評価を得られ、何をすればペナルティーが科せられるのかが明確になり、会社の方針も従業員に浸透させることができます。
中小企業では「人事評価制度」はあるものの従業員に公表せずに役員や部門の長だけで評価している会社を見かけますが、従業員から見れば何が評価されているのかがわからないため「好き嫌いで判断されている」「給与を適当に分配するための評価」と思われるだけで、会社の方針や業務のあり方など重要なことが伝わりません。
会社の方針は企業理念や経営方針に基づいて作られるもので、これらを理解しなければ、業務本来のあり方がわかららないために「上司の命令に忠実に従っていれば良い評価が得られる」となり、最悪の場合、仕事はそっちのけで、上司のご機嫌を取っていれば昇進すると思ってしまうような従業員ができあがってしまいます。
自分の会社には、「企業理念」も「経営方針」もあって全従業員に周知しているので、そんなことはないと思われるかもしれませんが、社長の訓示や社内の掲示物程度では、表面上のことでしか伝わりません。このことは、若かりし頃の自分を思い起こしても容易に理解できることではないでしょうか。
本記事では、人事評価制度の重要性について解説していきます。明確な人事評価制度が確立できていない中小企業を初め、導入を検討している会社、業績アップの方法を模索している会社の方は、是非参考にして下さい。
人事評価制度とは
人事評価制度は従業員の教育や生産性の向上及び企業の業績アップにために有効な手段で、組織を構成する個々人の仕事の成果やプロセス、企業への貢献度を、一定の基準により評価判断するもので、評価結果は主に、昇給(または減給)や賞与を判断する際の基準や従業員の公正な処遇(昇格または降格など)の決定などに活用されます。
一般的に、人事評価制度は従業員を公正に評価するものとされていますが、最も重要な要素は会社の企業理念や経営理念を全社に浸透させることにあります。
人事評価制度導入の目的と効果
人事評価制度を導入すると従業員の昇進や給与の査定だけではなく、以下のような効果が期待できます。
企業理念や経営理念の浸透
人事評価における評価基準は会社の方針に基づいて策定しているため、評価基準を全社に公表することで企業理念や経営理念をより深く浸透させることができます。また、これらの共有は共同意識が強まり愛社精神とともに定着率のアップが期待できます。
人材育成
公正な評価は従業員のモチベーションがあがり、適正な評価基準に基づいた評価結果は従業員一人ひとりの弱点や美点を客観的に知ることができます。そして、適格な指導と教育制度を組み合わせることで、自発的な成長が期待できます。
人材の適正な配置や処遇
近年では、日本でも「ジョブ型雇用」といわれるようになり、先日の臨時国会でも総理大臣が「年功序列の職能給から日本にあった職能給への移行」などを盛り込んだ指針を取りまとめるといった話しが出ていました。
評価制度は従業員の能力や貢献度を客観的に判断できるため、これからの“能力主義”においては有効な手段になります。
そして、賃金だけの問題ではなく、従業員個々の適正を見極めることができる評価制度を活かせば、適材適所に人材を配置することができ、より強い会社組織になることが期待できます。
生産性や業績の向上
会社の方針を盛り込んだ評価基準は、会社が進むもうとしている方向を指し示すものであるため、共有することにより、各種個別のプロジェクトにおいても一体感が出てきます。
この一体感と個人の能力が明確になることで、全社一丸となる組織が出来上がるためコスト削減、業績向上が期待できます。
人事評価と人事考課の違い
人事評価に類似した用語に「人事考課」というものがあります。明確な違いはなく一般的には同義として扱われていますが、本来の定義では、人事考課は給与や昇進を判断するものあり、人事評価は教育や能力開発、そして異動など人事全般を、より広い範囲で判断するというものです。
これらは密接に関わっていて、人事評価制度の中に含まれるものが人事考課だといえます。
企業理念・経営理念
人事評価基準は企業理念・経営理念を基に策定する必要があるので簡単に説明しておきます。
企業理念とは、企業がもっとも重要視する価値観や考え方を明文化したものです。企業理念には、「なぜ企業が存在し、どのような目的で経営を行うか」「企業は、どのような目標に向かっているか」などの内容が含まれます。
一方、経営理念は経営を行ううえで基本となる経営方針・価値観・考え方を明文化したもので、社内全体に企業が守るべき強い信念を伝えることが目的となります。
経営理念には資源である「物・人・金・情報や時間」を使うときの根本的な精神や方向性、人材の採用と育成および登用(昇進や配置など)が含まれますが、中短期的な利益計画やプロジェクトの成功などは含めるものではありません。
- 企業理念:社会における企業の存在価値
- 経営理念:企業が守るべき信念を社内全体に浸透させる
※ 会社の利益増加やプロジェクトの成功など、短期・中期的な業績向上ではなく、根本的に強い会社をつくることが目的
企業理念と経営理念の違い
企業理念と経営理念はいずれも企業にとって重要な価値観を明文化したものですが、明文化する対象に違いがあります。
企業理念は基本的に創業当時から重要視してきた価値観や考え方を明文化したものに対し、経営理念はその時折の経営者自身が重要視する価値観や信念を明文化したものです。
- 企業理念:経営者が交代しても引き継がれる変わらない企業のあり方
- 経営理念:経営者の交代や時代の変化に応じて変化する
人事評価基準の策定と運用
従業員は自分の処遇や給与(所得)を第一に考えているため、会社の公平な評価を何より望んでいます。そして、その評価の基準となる「人事評価基準」は、企業理念・経営理念に基づいたもので、業務分掌規程(または職務分掌規程)による役割や責任、就業規則をはじめとする各種会社の規定に則したものでなければ公平な評価をすることができません。
評価基準の策定
会社には様々な形態があり、それぞれ独自の企業理念や経営理念があるため、具体的な導入方法を示すことはできませんが、基本的には企業理念・経営理念などに基づいた具体的な経営方針から目的を明確にして、成果評価(業績評価)・能力評価・情意評価という3つの評価基準を基に評価項目・評価内容を決めて評価基準を形にしていきます。
1. 評価基準を設定する
そもそも経営者から見た人事評価というものは、従業員の評価を通して処遇や給与を決めるといった単純なことだけではなく、会社にとって最も重要となる、業務のあり方や方針を全社に浸透させることにより、全従業員に共通の価値観を見いだし、一体化した強い組織を作り出すためのものです。
そのため、会社の方針を重きに置いて、より強い組織にするための行動を従業員に実践してもらえるような目的を設定することが重要です。
要するに、従業員に評価基準から方針を読み取ってもらい、会社が進むべき道を全社に浸透させることが目的であるため、評価基準の策定には企業理念や経営理念などに基づき、一貫した方針を決めたうえ評価基準を設定しなければなりません。
2. 評価項目を設定する
評価項目とは評価基準に基づいて具体的に「何をするのか」を定めるもので、一般的には、成果評価(業績評価)・能力評価・情意評価という3つの評価基準が用いられます。
成果評価(業績評価)
成果評価とは、業務で実際に成果を上げたことに対する評価で、評価項目は職種によって異なります。
一定の評価期間における業務目標を定めて、その達成度だけでなく仕事の質や難易度などを考慮して、多角的に業績を判断するものです。
能力評価
能力判断とは、業務に関わる知識・経験・スキルなどに対する評価で、専門知識や経験だけではなく、コミュニケーション能力・リーダーシップ・決断力・交渉力などの人間力も含むことがあります。
能力評価の導入は、従業員が自主的に実践的なスキルを磨くことが期待でき、その能力を把握することで、適材適所に配置するなど適切な人材配置に活かすことができます。
年齢や性別などの偏見に捕らわれずに能力を正しく評価することが求められます。
参考【厚生労働省】:「職業能力評価基準について」は、採用や人材育成、人事評価、さらには検定試験の「基準書」として、様々な場面で活用できるものとなっています。↓↓
情意評価
情意評価とは、業務に取り組む姿勢に対する評価のことで、態度評価とも呼ばれ、業績など具体的な数字として出てくるものではなく、真面目さや業務プロセスなどを評価するものです。
評価項目には、職場のルールを守る「規律性」、自主的に行動する「積極性」、自分の役割を認識してやり遂げる「責任性」、人間関係を良好に保つ「協調性」などがありますが、評価する者の主観が入りやすいので注意が必要です。
3. 評価内容を具体化する
評価を行うには関係者が共有できる数値にする必要があります。これは、テストの点数表のようなもので、一般的には5段階、10段階で数値化します。
具体的には、評価項目ごとに評価内容を細分化して、具体的に点数の点けやすい評価表などを作ります。
ここで重要なのは、評価結果を従業員(評価対象となる個人)に改善点などを知ってもらうために、評価者だけでなくすべての従業員が理解できる評価表にしなければならないことです。
評価基準の運用
前述のとおり、人事評価は従業員の処遇や給与の査定よりも、経営方針を浸透させて強い組織を作ることが最も重要な目的であるため、全社員が納得して共有できるものとして運用しなければ、うまく機能しません。
評価基準の運用の注意点は以下の通りですが、感情的になり無理強いすると様々の法律に触れることもあります。
- 評価基準の公表と従業員の理解
- いかなる立場でも、評価者は評価基準を順守し公正な評価を行う
- 評価結果は必ず評価対象者に伝え、改善点や希望などについて話し合う
人事評価の適法性
近年では能力評価主義と働き方改革という観点から、様々な法律が整備され、人事評価によって労働者の処遇を決定する場合、事業主は「適正評価義務」を負うことを重要視しなければなりません。
適正評価義務とは、労働者の評価を適正に行うということで、以下の要件を満たす必要があります。
- 公正かつ客観的な評価制度を整備し公表すること
- 適正な評価基準に基づき公正な評価を行うこと
- 評価結果を開示・説明すること
これらは「同一労働同一賃金ガイドライン(厚生労働省告示第430号)」に基づくもので、「パートタイム・有期雇用労働法(2021年4月1日より全面施行)」「労働者派遣法(2010年4月1日より施行)」などの法整備が進められています。
「同一労働同一賃金」に関連する法令等は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の待遇格差のなくすることを重点に置いていますが、これらを含む「働き方改革」における関係法令は多岐に渡たります。人事評価制度を策定する際には確認しておく必要があります。
参考【厚生労働省】:「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」について↓↓
これらに反する場合、労働基準法・労働契約法・民法などに抵触し損害賠償請(民法第415条1項)求をされる可能性があります。
まとめ
人事評価制度は従業員を評価して給与や処遇を決めるだけのものではなく、経営者側から見ると会社の方針を社内全体に浸透させ強い組織を作ることができます。
一方、従業員側からは、公正な評価をしてもらえることからモチベーションが上がり、自発的な成長が期待できます。
しかし昨今、労働に関する様々な法令が整備されてきているので、法令順守の観点からいえば、法律の専門家が在籍している大企業ならともかく、専門家が在籍していない中小企業では、独自で人事評価制度を立ち上げるのは難しいことです。
企業理念や経営理念は自社特有のものである必要はありますが、法令に抵触しないためにも、経験豊富な専門家に相談することをお勧めします。
最後になりますが、人事評価制度を整備し、一定の条件を満たすことで国から助成金を受け取ることができます。
これは「人材確保等支援助成金(人事評価改善等助成コース)」というもので80万円が支給されます。
詳細【厚生労働省】:「人材確保等支援助成金(人事評価改善等助成コース)」↓↓
【人材確保等支援助成金概要】
生産性向上に資する人事評価制度を整備し、定期昇給等のみによらない賃金制度を設けることを通じて、生産性の向上、賃金アップ及び離職率の低下を図る事業主に対して助成するものであり、人材不足を解消することを目的としています。