同級生たちと楽しく過ごしたフランスを後に、留学の目的地イギリスに向かいます。フランスからは「ユーロ―スター」に大型のバスごと乗り込みドーバー海峡トンネル(フランスからイギリスを結ぶ海底トンネル)を通りイギリス本土に渡り、「ユーロ―スター」を降りたバスはそのまま”チチェスター”に。
同級生たちとバスに乗ったままなので、その時は感じませんでしたが、バスのまま電車(ユーロ―スター)に乗り、海底トンネルを渡るなんて夢のような経験をしたと思っています。
「ユーロ―スター」を降りて”チチェスター”に向かう途中、見える景色は草原で建物が見える場所は少しだけでした。草原には野生と思われる馬が牧草を食べていた光景が印象に残っていて、イギリスは自然を大切に保護している国だなと思えました。
そんな景色を見ていると”チチェスター”にある”チチェスターカレッジ”に到着。少し西に行けば映画「タイタニック」で有名な豪華客船タイタニック号を出港した”サウサンプトン”という港があります。
”チチェスター”はイギリスのイングランド南東部、ウェスト・サセックス州西端に位置する都市で、大都市でもなく、田舎でもありません。
いかにもイギリスらしいレンガ造りの住宅街があり、街にはレストランもあれば、お洒落な店が立ち並ぶ通りもあります。
中でも目を引いたのが”チチェスター大聖堂”と町の中心にある”チチェスタークロス”。カーン石で作られた”チチェスタークロス”は町のシンボルになっているマーケットクロスで、主要な交差点の真ん中に立っています。
友人とどこかに出かける際にこの場所を横切ることがよくありました。
ホームステイ(ホストファミリー)
”チチェスターカレッジ”に到着した私たちを待っていたのは、ホストファミリーの出迎えです。ホストファミリーと出会えた同級生たちは個々にホストファミリーの家に向かいます。
残念ながら私のホストファミリーは仕事の都合でその場では会えず、「出迎えに行けないので家まで来てください」と連絡があったので、タクシーでホストファミリーの家まで行きました。
ホストファミリーの家に到着すると玄関の鍵は開いているが誰もいない。間違いがない事を確認した私は家の中に入り、私が使うためにあけてくれている部屋らしきところに入った。(当時はなにも違和感なしに勝手に部屋まで入りましたが、今なら考えられません)
まだ夕方なのに部屋に入った瞬間、時差のせいか睡魔が襲い爆睡してしまいました。目が覚めるとホストマザーは仕事からまだ戻っていないようで、お婆さんが夕食の支度をして待ってくれていました。
「やっとホストファミリーに会えた」とほっとしたのですが、お婆さんの言葉(英語)がまったく聞き取れない(汗)?!
留学前に英語を勉強し成績もそれなりで自信を持っていた英語。必死の思いで聞き取っても”Yes”か”No”で答える程度で精いっぱい(笑)しかも間違った答えをして夕食を途中で下げられる事態にもおちいりました。
会話の内容はこんな感じでした。
・お婆さん:Don’t you like Chicken? チキンは好きではないですか。
チキンは嫌いじゃないというつもりで
・私:No! 嫌いです。
・お婆さん:OK, then I’ll take your chicken. それじゃあチキンを下げますね。
・私:あ…
否定分を否定したら肯定文じゃないの?と思いがちですが、この場合は「チキンが好き?嫌い?」と聞いているので、「Noは嫌い」で「Yesは好き」なんです。
お婆さんは私に聞き取りやすいスピードで話してくれていたようですが、英語のリスニングテストのようなはっきりとした発音でないのと、スピードがリスニングテストよりかなり早い。
疲れと時差ボケでホームステイ初日は、お婆さんとの対面だけで終了でした。
ホストマザーと9歳の男の子
翌日の朝、やっとホストマザーとその息子さん(当時9歳)に会えました。学校に行かなければいけない私は朝食を済ませて、すぐに出かけたので朝の会話はほぼありませんでした。学校から帰るとホストマザーと子供が待っていてくれました。ここからがホストファミリーと私の生活の始まりです。
ホストファミリーの男の子が、私の実の弟に性格が似ていて初日からよく懐いて、一緒によく遊びました。サッカーにゲームと顔を見るたびに遊びに誘う。勉強が分からない時も「教えて」と甘えてくる。何時しか本当の弟、兄弟のようになっていました。
食べものに好き嫌いを言う子供を本当の弟のように叱ったこともあり、ホストマザーからも信頼を得ることもできました。
英語力を鍛えてくれたホストブラザー
本当に弟と思えるほど懐いてくるホストブラザー。学校に行っている以外はいつも一緒。遊びに勉強、何でも一緒で寝る直前まで部屋から出て行こうとはしない。でも一緒にいるのが楽しい毎日。
私の英語力が各段に上がったのはホストブラザーのお陰だと言っても過言ではありません。毎日、遊んでいるので会話をしない日はありません。そして子供は気を遣う事もなく間違った英語を使うと「その英語は使い方が間違っている」とはっきりと指摘してくれました。
お陰で英語力はぐんぐんと伸び、最終的には日本人が2人だけのクラスに入っていました。同じクラスの日本人は東京大学の学生で日本語を使おうとしない意識の高い人で、他は世界各国から集まった留学生たち。お陰で夢まで英語で見るようになりました。
ホームステイで注意すること
ホームステイ先の家庭には、それぞれ「ハウスルール」というのがあり住む上での注意点が決められています。私の場合、外国では靴を脱がないで家に入るのが一般的だと思い、初日にくつのまま家に上がって叱られました。他に、『シャワールームで水(お湯)を使うのは10分以内』というルールもあったのを思い出しました。
初日にホストファミリーと合う事が出来なかった私にとっては「ハウスルール」を知るすべがなかったのですが、半年から1年も一緒に暮らす家族のような人たちと円満に生活するためにも、しっかりと理解しておきましょう。
留学先の学校
私が通った「チチェスターカレッジ」は世界中から留学生を受け入れている学校で、英語を話せるようになりたい人向けにイギリス人教師が行う英語の授業が用意されていました。
登校初日は学校から重要な説明があったのですが、その当時は英語がほとんど聞き取れません。とはいえ指示に従って行動しなければならないので、説明をボイスレコーダーに録音して一緒に留学に来ている同級生たちと何度も聞き直して校内をウロウロと行先を探していたのを覚えています。
一人で留学なら心細くてしかたがないところでしたが、20人の同級生と同行してくれている先生が一緒だったので不安ながらも楽しくやり過ごせました。
学校での初めの週はテストを受けて、英語力に応じた授業を受けるためのクラスの振り分けです。初めは同級生たちの英語力に大差はなく同じクラスで授業を受けていたのですが、英語力が上がるにつれ同級生たちが同じクラスにいなくなっていきます。
最終的には、日本人では珍しいレベルにまで上がり、同級生がだれもいなくなりました。学校に来た当初は、英語を必死で聞き取り日本語に翻訳して考え、日本語で考えた回答を英語に翻訳するといった頭の中が、英語を英語で理解して英語で回答を考え英語で答えるようになりました。
留学当初
- 英語で話しを聞く⇒日本語に翻訳して理解する⇒日本語で回答を考える⇒回答を英語に翻訳する⇒英語で話す
帰国前
- 英語で話を聞く⇒英語で理解する⇒英語で回答を考える⇒英語で話す
英語力を磨くのは環境です。留学当初は学校の説明も聞き取れなかった私が、帰国前には一人でも英語が通じる国なら何処にでも行ける自信が付きました。
日本人留学生を受け入れている学校には必ず日本語が通じる先生がいらっしゃいます。学校の説明や会話を録音して相談に行くとうまく指導して頂けるのでボイスレコーダー(今はiphoneで録音できます)は必須です。学校の説明を聞き逃すと授業も受けられないこともあるので遠慮をしないようにしましょう。
留学1年生は「赤ん坊」のようなもの恥ずかしがらずに「何でも、何回でも」理解するまで聞くことが大切です。みなさん親切なので心配ありません。
まとめ
最初の週は英語が全く話せず聞き取れないので、コミュニケーションにはかなり不安を感じる箇所が多くありました。
次の週から授業が始まっても全く分からなすぎて勉強になるのかどうかも怪しい気持ちにはなりましたが、意外にも身振り手振りと、つたない英語でもうまく進んでいけました。
周囲で話されている言葉が英語だけになっていると、英語に対して驚くほどすぐに慣れてくるのであまり不安に思う必要はないのかもしれません。